Googleは最も合理的なデザインを行なっているようだというお話。

Googleのデザイン責任者が退職をしたそうだ。
ただ単に退職しただけならニュースにならない。
彼は、ブログで以下のように語っているそうだ。
グーグルのビジュアルデザイン責任者が退職--データ中心主義に嫌気:ニュース - CNET Japan
Googleでは2種類の青色のいずれかで決めかねたら41の中間色をテストして最もパフォーマンスのよいものを選ぶというのは事実なのだ。先日、境界線の幅を3ピクセル、4ピクセル、5ピクセルのいずれにするかが問題になったとき、自分の意見を証明するよう求められた。


つまり、GoogleではWebデザインを決定する際に、最も効率的なデザインをデータとして証明しなければならない。
ひとつの色やちょっとしたピクセル数の違いも、データとして効果的であることを証明しなければならないようだ。
そのことに嫌気が差してやめてしまったのではないかと記事は推測している。

なかなか難しい話だが、たしかにGoogleのサイトデザインは無駄なものがない。
逆にあまりにもシンプルすぎて、「もうちょっと遊んでもいいんじゃないかなぁ。」と思うこともしばしば。
つまり、デザインに面白みがないのだ。あえて面白い部分を探すとすればタイトルが定期的に変わるぐらい。

そんな中にいては、芸術家としてのデザイナーのスキルは上がらない。
実際、Googleではデザイナーに対しての評価はあまり高くないという。

同じ元Googleのデザイン責任者が以下のようなことを言っている。
「一般にウェブでは、(サイトの制作は)芸術よりも設計の要素がはるかに大きい。(中略)差が小さい場合でも正しいものを数学的に選択できる」

そもそも、商業デザインは芸術ではない。
ましてはWebデザインに芸術的要素は殆どないと思ってもいい。
理由はインターフェース。
Webサイトには、リモコンのようなインターフェースが必要になってくる。
したがって誰もがわかるということが重要になってくる。
一方、芸術とは何かを表現する行為が中心になっていると思う。
自分の今の心情や気持ち、世相等を代弁し、それを形として表現したもの。それが芸術ではないだろうか?
だからこそ、心を打ち。だからこそ、価値が高い。

したがって万人に受け入れられるためのデザイン(インターフェース)と相反するのが概念を形として表現するデザイン(芸術)なのだ。

つまり、残念ながらWebデザインに芸術を取り入れることは難しい。
場合によっては、マイナスに働きかねない。
だったら、計算によるデザインのほうが確実だし簡単。
そして、データとしても残るため財産にもなる。
計算のできない芸術を取り入れるよりは計算のできるデータを取り入れるといったGoogleの考え方も間違っていないし、芸術性を取り入れたいというデザイナーの気持ちも分からないでもない。

これは、ものを作り出す上での永遠のテーマでしょうね。
僕はどちらかというとデータ至上主義かもしれません。

Yahoo!辞書 - げい‐じゅつ【芸術】
芸術 - Wikipedia

グーグルの元デザイン責任者、Twitterへ:ニュース - CNET Japan【4月6日追記】

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